ZOKU報風俗業界のあらゆる事象をニュースでお届け!
ZOKU報

風俗インタビュー「Youは何しに風俗へ?」沼津人妻援護会:バヤッシー店長 前編

2017年10月20日 13:14
 2016年9月、ボクは静岡県沼津市を訪れた。この日ボクがコンタクトを取ったのは沼津市を拠点とするデリバリーヘルスの店長。ツイキャスで『店長というよりもプロデューサーと呼んでほしい』と肩書を名乗り人気を博する男性であった。聞けばラップ調で入店を呼びかける求人動画も人気で、沼津市内の風俗市場に於いてシェアを急拡大させているという。そんな彼にぜひ会ってみたいと思いたち、ボクは沼津の駅に降り立った。彼の通称は「バヤッシー」、沼津人妻援護会の店長、いやプロデューサーである。


--最初に就職したのは就職情報関連企業なんですよね。

「その前に服屋でバイトしていたことはあるんですよ。それはちょっとだけだったんだけど、雑誌とか広告とかをやってみたいなと思って、それにライター業にも興味があったんです。それで就職情報の会社で働き始めたんですけど、担当した仕事が営業で、やっぱりライターや編集の仕事がやりたいと思ったんです。
26歳のときにその会社を辞めて仕事を探したら、某風俗媒体の募集広告を見つけたんです。名古屋の国際会議場みたいな場所で求人広告のMナビが転職フェアをやってて、そこでその某風俗媒体のブースへ行ったら、『風俗でもいいですか?』って訊かれたわけです。 後に僕の師匠のような存在になる人に仕事の内容などを聞いて、それはネットの広告の話だったんですけど話がうまい人で、僕は雑誌をやるつもりだったのに、『やる』って言っちゃったんですよ。今思うと雑誌でなくてネットでよかったなと思います。当時、その媒体の雑誌は1,000ページもあって、売り上げは『億』くらいあったと思いますけど、ネットはその3割くらいしかなかった。でも今の売り上げは逆転してネットは巨大になってますしね。風俗の媒体の紙からネットへの転換期に風俗の世界へ入ってきたんです。」


--まず、その風俗媒体に入って、どのような仕事に携わったのですか?

「当時『ネット編集』という仕事があって、お店へ行って女の子の写真を撮って、ニュースのコーナーに掲載するという仕事から始まりました。ニュースやイベント、コンテンツ、女の子の取材、そういった記事を作成するのが名古屋の本社に居た頃のメインの仕事でしたね。」


--会社へ入って、どういうふうに感じました?

「いろいろとご存知な方からは『怖い人がいるでしょ?』とかよく言われましたけど、そんなことは一回もないですよ。普通の会社だと思うし、みんなが思ってるような会社じゃないですよ。それを言ったら風俗店でも同じで、昔はそういう怖い人がいたかもしれないけど、今は全く居ませんよね。
でも僕は風俗って業界についてあまりよく判っていなかったし、ラブホテルに入ったのも業界に入ってからくらいなので、知識が全然無かったぶん抵抗感もなく働けましたね。」


--その後、どのようなお仕事内容に変遷していくのですか?

「取材もしましたけど、会社が後に風俗店へのコンサル指導に乗り出してきて、当時はまだネットに載せれば電話が鳴る時代じゃなかったから、お店があまりネットを活用してくれないんですよ。そこでサイトの活用法を各店に行って指導していたわけです。管理画面の使い方を教えに行くなんてのも、普通にやってましたね。今ならカスタマーサポートセンターが対応するのでしょうけど。
僕は写真を取るのが上手いらしく、『どうやって撮るの?』っていろいろ訊かれるんですよ。お店の担当者の人から『カメラはどれがいいの?』って、電話がかかってきて訊かれたくらいなんです。その時は『それでもいいんじゃないですかね』ってアバウトに答えたんですけどね(笑)。」


--上手いらしいって、勉強はしたの?

「メッチャ勉強はしましたね。写真が面白いなと思ったので自分でカメラを買ったりとか、上手い人に『どうやって撮ったらいいですか?』って訊いたりとか。あとは数をこなすだけですよね。それとグラビア雑誌の写真とか、ひたすらサンプルを集めました。
でも慣れてくると見なくなりますね。あと僕の場合は超大物を撮る機会が多くて、以前同じ子の写真を撮った人から情報を訊いたり、以前の取材で撮影した写真を見たりして、どういう写真を撮ろうかかなり考えましたね。」


--そしてその後は...?

「静岡版を起ち上げることになって、僕も起ち上げで行くことになったんです。役職はすぐにはなかったですけど、1年ほどでリーダーになって給料も上がりました。それからしばらくしてチーフにもなりましたけど、仕事の内容はかなり変わりましたね。
結構営業的な仕事もあったので、電話のアポを取って売り込んだりもしていました。それはそれで面白かったですね。お店との距離も近くなるし、写真も全部撮るようになるしね。酷いときなんかグラビアの撮影や原稿の打ち合わせ、それに営業で何度も何度も同じ店へ行ったりしました。」


--そうしてやりがいのある仕事に恵まれていったなかで、どうして会社を辞めて風俗店へ転身していったのですか?

「仕事をしているうちに、いろいろ疲れてきたんですよ。体を壊した時期があって、それで名古屋の本社へ戻ったんです。以前は長になってたので、ある程度は自分の自由に仕事ができていたんですけど、戻ったタイミングに人が何人か辞めてしまってて、わけのわからない仕事が一気に僕のところへ来たんです。いきなり知らないクライアントをぶつけられても、僕はわからない。それで嫌になったんですよ。そんなときに同期が僕の上になったので、それでカチンときて(苦笑)、会社を辞めてしまったんです。
でも何かしなければならないので、いろいろ仕事を探しました。そんな頃に今の会社の名古屋の店長からプライベートの携帯に電話がかかってきて、『携帯がつながらないけど、会社を辞めたの?』って訊かれてたんです。『すみません、辞めました』って答えたんですけど、そこに社長が来てて、『あの人辞めたらしいですよ』って伝えたらしいんです。
そのあと、静岡版のスタッフが僕のプライベートの携帯に電話をしてきて、『風俗関連の人からの電話は出ない』と決めていたから出ないつもりだったんですけど、『静岡支社の人間が何かやらかして、僕に助けを求めているのかもしれない』と心配して、電話に出てしまったんですよ。
そしたら今の会社の社長が『人が辞めて足りなくて困っている。会社を辞めたのならうちに来ないか』と言ってるよって内容だったんです。
それでその日のうちに社長に会って、『どうせやることないし』と思って、援護会で働くことにしたんです。でもその時は腰掛けくらいのつもりだったし、社長も『バイトでもいいよ』って言ってもらったので、じゃあ働こうと思ったわけです。」


--それで働いているうちにズッポリになってきたと?

「この業界にずっといるから仕組みもある程度わかるし、面白い仕事だと思います。でも風俗の仕事だからどうこうというこだわりはありません。でも僕はそんなに出来る人間じゃないと思うけど、風俗だから出来る人間に見えてるだけじゃないですか(笑)。普通のことをやってるのに『なんかスゲェな』って言われると、『いや普通なのにな...これ...』と思うし。


某風俗媒体で頭角を現わし、風俗店に転じたバヤッシー氏、かつての足跡を辿るように名古屋店、静岡店を経て沼津店を起ち上げることになる。その話は次回に紹介したいと思う。

 

この記事の著者:吉岡優一郎

1964年2月23日生まれ ノンフィクション作家。PHPプログラマー。1996年より20年にわたり風俗業界に関わっている。
風俗情報ネットラジオ番組『フーゾクリンクラジオ』を2002年にスタート。
その縁でインターネットラジオ局『レディオ与一』『淫らなラジオ 淫らじ』を設立し、両局で局長を務める。
著書に『風俗嬢のホンネ』『もっと風俗嬢のホンネ』『風俗嬢たちのリアル』『ベテラン風俗ライターが明かすフーゾク業界のぶっちゃけ話』『ワケありな風俗嬢たち』(いずれも彩図社)がある。
ミリオン出版『俺の旅』、Webマガジン『FenixZine』などで連載記事を執筆中。
おもにインタビュアーとして活躍の傍ら、体験取材や旅行記、風俗店アドバイザーとしても実績がある。
 

 Youは何しに風俗へ?のオススメ記事一覧