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風俗初めて物語1 ノーパン喫茶編

2016年06月01日 18:00
こんにちは。風俗作家の吉岡優一郎です。
現代の風俗はすっかり『ヘルス』が主流となりました。
イメージクラブ性感マッサージ、風俗エステ、そしてデリバリーヘルスなども、大きく『ヘルス』のジャンルで括れます。
でもソープランドやピンクサロンといった古くから存在する風俗ジャンルの一部の関係者から、ヘルス系風俗を『新風俗』と呼ばれていることを、皆さんは御存知でしょうか?
 
『新風俗』ヘルス系風俗は、昭和末期に雨後の筍のように次々と生まれ、毎週のようにテレビ番組『トゥナイト』や男性週刊誌などで、そこから派生した新ジャンルの風俗が紹介されていました。
その原点と言えるジャンルが『ノーパン喫茶』です。
ノーパン喫茶は現代の風俗の必須条件である射精産業ではありませんでしたが、トップレス・ノーパン・ミニスカートのウエイトレスに多くの男性客が群がり、瞬く間に全国にブームを起こし、そして消えていきました。
 
歴史を辿って昭和53年、京都市の西加茂・同志社大学の近くに、日本で初めてのノーパン喫茶が生まれました。
この時のウエイトレスは上半身着衣にミニスカート、そしてスカートの下はノーパンだったのですが、その代わりに実はパンティストッキングを履いていたので、スカートの下を覗いても実はナマの下半身を拝むことは出来なかったのですが、それでも『ノーパン喫茶』のネーミングインパクトはとても強く、遠くからも大勢の客が押し寄せていたそうです。
 
ノーパン喫茶のヒットにより模倣する経営者が現れはじめ、ノーパン喫茶は全国に広がりました。
同時にウエイトレスの衣装も過激化の一途をたどり、トップレスは当たり前。
Tバックショーツ一枚や前貼り(ポルノ映画で局部を隠すために使われていたシール)一枚を身につけただけの裸同然の女性までが現れ、また店によってはステージを設けてショーを演じたり、会計時にレジで女の子のおっぱいをタッチできる店なども出来ました。
 
当時歌舞伎町のノーパン喫茶で人気を博したイヴ嬢は、多くのメディアに取り上げられ、『ノーパンの女王』として後援会ができるほどの超人気者となりました。
ノーパン喫茶退店後はにっかつロマンポルノで女優デビュー、映画やアダルトビデオで活動後に神代弓子と改名し、テレビドラマなどでも活動しています。
 
ノーパン喫茶全盛期のトップリーダーとも言える店は、大阪阿倍野区にオープンした『アベノスキャンダル』で、野球拳やタンポン綱引き、吹き矢ショーなど1時間毎に繰り広げられるステージや客を交えたダンス、入れ替えなしのソフトドリンク飲み放題が好評で、連日多くの客で満員となりました。
後にアベノスキャンダルは桜川に移転、現在はビル一棟まるごとエロティックショーパブが入居する『アポロビル』として、今も面影を残し熱烈なファンが通っています。
ちなみにアベノスキャンダルを開業した人物は、かかってきた電話の相手側の電話料金を無料にする機械『マジックフォン』(現在は使えません)の開発者としても知られています。
 
全国にブームを巻き起こしたノーパン喫茶は、後に登場したさらに過激な接客サービスであるファッションヘルスなどの『新風俗』に人気を譲り、また警察の方針でタッチサービスが規制されたことなどが原因で衰退し、現在は姿を消しました。
一時は官僚の接待先として『ノーパンしゃぶしゃぶ』などの派生ジャンルが存在したとの風の噂もありましたが、それも今は聞かれないようです。
 

この記事の著者:吉岡優一郎

1964年2月23日生まれ ノンフィクション作家。PHPプログラマー。1996年より20年にわたり風俗業界に関わっている。
風俗情報ネットラジオ番組『フーゾクリンクラジオ』を2002年にスタート。
その縁でインターネットラジオ局『レディオ与一』『淫らなラジオ 淫らじ』を設立し、両局で局長を務める。
著書に『風俗嬢のホンネ』『もっと風俗嬢のホンネ』『風俗嬢たちのリアル』『ベテラン風俗ライターが明かすフーゾク業界のぶっちゃけ話』『ワケありな風俗嬢たち』(いずれも彩図社)がある。
ミリオン出版『俺の旅』、Webマガジン『FenixZine』などで連載記事を執筆中。
おもにインタビュアーとして活躍の傍ら、体験取材や旅行記、風俗店アドバイザーとしても実績がある。

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